「陽の当たるテラス席」-1

「陽の当たるテラス席」1稿

第1稿は4月中旬「月曜日」から始める事としました。

序章で記した通り、私はある理由で「クリスチャン」になりました。

今日から始める理由の一つは「復活祭」(イースターと言った方が分かりやすいかな?)「クリスチャン」としては今日から始める良いきっかけになりました。

 

さて、「信仰」はべつとして、第1稿の投稿は「頼る事の重要性」について書いて見たいと思います。

私は、何かにすがり生きる事が恥ずかしかった時期が有りました。

何事もなく順調に生活が送れ、社会的にも不満も無く(多少は有ったにしても)過ごせている時は何に頼る事も、必要も感じずに生きていました。

長い人生の中には自分の思うように(思ったように)行かない事の方が多いです。

順調に自分の思ったように人生を終える方はほんの一握りでしょう。

ほとんどの人が何らかの挫折を味わっている事と思います。

 

そんな時に「頼れる友人や家族」がいつもそばに居てくれると有り難いですが、そんなに都合よくはゆきませんよね。

一人で悩み苦しむことの方が断然多いのが人生です。

一人で悩む辛さを知っている方は、この苦しさをどう乗り越えるか悩んだこともあるでしょう。

一人で悩み苦しみ、解決を探って行く過程で「人生が嫌になったり」「投げ捨ててしまいたくなったり」する事もあったと思います。

 

そんな時に「すがれる何か」が有ればと、初めて感じる事になります。

 

「友人・家族に話せない様な事」や、話したくない事。

一人で抱え込んで「悩み苦しまなければいけない事」が起こります。

そんな時に「歌・音楽」、「格言」やふとした「優しい言葉」に励まされることも多くあると思います。(自分のこころが求めている答えと同じ方向の事柄に)

そんな経験をされた方は沢山いらっしゃると思います。

そんな時に、その様な、どこか安らげる「言葉」や「教え」のようなモノが、いつも近くにあれば「心強い」(救われます)ですね。

 

このコーナーが、その様な「支えになれる様」に努力いたします。

筆者

 

きょうの言葉

「木には望みがある。切り倒されても、やがて新しい芽を出し、柔らかな枝を張る。(ヨブ記14-7)」

 

自分に望みも無く苦しみ悩んだげく、木は良いなと思ったヨブの言葉ですが、希望を持ち続ければ、木のように新しい芽も出る可能性は残されています。

自分に自信が持てない時は、一人で悩まずに頼っても良いのでは・・。

いや頼るべきだと思いますよ!

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