陽の当たる「テラス席」日記を明日から始めようと思います。その前段です。

自分の行いと考え方で、生き様が変わる。

私の周りで成功している方々を見ると、しっかりと自分をもって「目標が明確」で「的確なステップ」で物事を進めている方がほとんどでした。

厳しい事も沢山あったと思います。心がくじけた事も沢山あったと思います。

そういった成功者の方々が「こころの拠り所」にしているのは何かと思いめぐらしてみると・・。

たまたまかは分かりませんが「信仰」と言うか「信じる何か」を持っている方が多くいました。

 

私も色んな信仰に縁を頂きましたが、不信仰な性格だったのか、縁が無かったのかしっかりと「信仰」で繋がる事が有りませんでした。

友人に誘われて、会社の研修で、遊び仲間の誘いでと、今までは真剣に向き合ったことはありませんでした。

確固たる「信じる何か」も持ち合わせる事も無く過ごしてきました。

事業が厳しくなって、家族ともギクシャクしたりした時などは、飲みに出かけたりして現実から逃げていました

結果良い事は一つも無く、こころも荒んで現実逃避に明け暮れていました。

そんな中、思い立ったように、環境を変えようと、「県外に家族と移住」(現実逃避か?)して心機一転やり直そうと構えてみましたが、

そんな考えでは、中々思うようには行きませんでした。

 

そんな時「コロナ」で社会も暗澹たるものになり、私も自宅に籠りっきりで事業も進まず、落ち込んでいる時に「悪い事は重なる」法則でしょうか?

発熱をして救急病院で診て貰う事になりました。

「コロナ禍」でもあり「発熱」している事で「CT検査」もする事になりました。

「発熱」は単なる膀胱炎からの発熱でしたので、抗生物質で翌日には熱は下がりましたが、

「CT検査」で大動脈に形の悪い瘤が出来ていると指摘を受け、かかりつけ医で再度診察をしてもらい、大学病院へ。

結果「胸部」と「腹部」に大動脈瘤が出来ていて、特に胸部が大きく形も悪いので、急ぎ手術して対処する事になりました。

「胸部大動脈瘤の置換手術」だそうで、心臓を止めて脳に行っている血管も一時止めてする大手術だそうで、ショックが大きかったです。

明日(未来)が崩れて行くような感じでした。少ない希望もすっ飛んで行きました。将来への不安に苛まれていた時に救いは近くにありました。

 

その事が起こる前に、家内と娘が「信仰」している「バプテスト教会」の牧師さんとアメリカンフットボールで意気投合して、自宅で度々一緒に観戦したりしていました。

私には「信仰」の気持ちはありませんでしたが、今回の事が有り「備えられていた病院」や病気発覚の「切っ掛け」また私の周りの環境などを考えると、

娘と家内とに「県外迄来た理由」は、この事(病気発覚)と関係があると思うよと言われ、腑に落ちる事もあり、

手術が近づくにつれ「こころ」に不安が渦巻き、すがるモノを探していると、近くに「信仰」と言う頼るものを見つけ、

だが手術に対する不安や経済的不安、家族に対する不安(ひょっとしてもう会えないかもと思ったりしていました)などが頭の中を駆け巡っていました。

人生最大の最悪の時でもあり、すがる思いで入院前に牧師さんに「信仰を告白」し「入信」する準備をしました。

二人の「信仰」に導かれ、友人になっていた牧師さんにも導かれて「クリスチャン」になる事になりました。

 

今回は今までの様な「何の気なし」の「信仰」とは違い、自分も「信じてみよう」と言う思いもあり「信仰」する事になりました。

今までいろいろな「信仰」に背を向けてきた自分が、この齢になって急に「信仰」に目覚めても、そんなに変わった事はないだろう、と言う思いも最初は少しありましたが「強い信念」もありました。

 

年が明けて早速手術となりました。その間も「信仰」により随分気持ちは落ち着いていました。

無事手術は終わったようですが、術後の集中治療室で同じ日に手術した方が亡くなったようで、バタバタしているのが夢うつつの中解りました。

生きている実感を痛切に感じました。命のはかなさを思い知ると同時に「信仰」に感謝をしていました。

 

入院生活は「コロナ禍」で面会も無く、ただひたすら耐える時間を過ごしました。

この事(病気と信仰)が有って、今までの苦労や辛い思いは吹き飛びました。

こんな大変な事が有り、それに向かって戦っている方たちが大勢いる事に感謝すると同時に、生かされた事への思いがこみ上げてきました。

そんな時に今まで感じた事の無い「信仰」の有難さを身をもって感じる事が出来ました。

生かされている事への感謝は言うまでもありませんが、家族の献身的な思いを感じて、今までの行いを悔やんでいました。

 

家族はもちろん、友人の牧師さんや、仕事仲間に多くの心配をかけてしまいましたが、皆から温かい励ましを受け感謝しています。

 

そんな中で「信仰」に救いを求め頼っている自分にも気付かされ「信仰」に感謝しました。

「こころの不安」を取り去ってくれたのは「信仰」であったと思います。当然家族や友人の励ましがあってこそですが。

 

私はクリスチャンになりましたが、色んな「信仰」に頼って良いと思いますよ。

「信仰」でなくても、「頼れる何かがある」と言事は大変大事な事だと感じました。

 

私はこれから、今回の事を契機に「頼る事の重要性」を感じ、「経験や感じた事」を文章にして残して行こうと考えています。

 

「信仰」に興味が持ったり、悩んでいたり、苦しんでいたりしている人に、この日記が少しでも安らぎになったり、助けになれば幸いです。

 

そんな時に読んで頂ける「陽の当たるテラス席」日記になれば幸いです。

 

来月から始める予定でしたが、明日より始めてみようと思っています。 よろしくお願いいたします。

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